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2011年3月15日 (火)

みんな元気になってもらいたくてMovieをつくりました

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日ごと、ニュースを見ていると胸が痛みます。
被災者の方はもちろんのこと
誰でもが、得もしれぬ不安におそわれてしまいますね。

大丈夫だったからって、罪悪感を持つ必要はないし
不謹慎という言葉を恐れて、
人を笑顔にするのを忘れたくないって強く思います。

そんな思いを込めて、Movieを作りました。

それこそ、不謹慎って思われるかも知れませんが
今こそ、自分の中のチカラで立ち上がる時だと思います。

このMovieを見て、少しでも元気を出してもらえると幸いです。

Movieは、NOMA HP TOPからご覧頂けます。

2011年1月 5日 (水)

Let's Groove

あけましておめでとうございます

この正月は、猫をいじくりながら
とにかく食べてゴロゴロ、飲んでゴロゴロ
初詣と初銭湯に行った以外は、とにかく家を出ることもなく
1日の移動距離は、わずか数十メートルという日々を送っておりました。


R0013991


そんなお正月の深夜。
パラパラとテレビをめくっていると坂本龍一の姿が・・・
音楽にとって「グルーヴ」という要素が
いかに大切かを熱く語っているシーンに出くわしました。
http://www.nhk.or.jp/schola/

思わず踊りたくなる、気持ちよくなる。
音楽の世界で「ノリ」(乗り)を
表すのに使われる言葉、グルーヴ(groove)。


こうしたグルーヴは、
リズムにある変化を与えることによって生まれてくる
テレビの中の坂本教授は、ある種漠然とした「グルーヴ」という
概念を理論的に示してくれました。

例えば4/4拍子の2拍目と4拍目を
数学的なその位置よりも微かに前や後に置くことで
単調なリズムに魅惑的なノリを与えることができる。
数学だけでは割り切れないリズムの要素、
リズムの感覚全体を指してグルーヴと呼ぶんです。

そんな話に目から鱗になりながらも
知らぬ間に、頭の中では、「リズム」という言葉を
「暮らし」に置き換えて聞いていたのです。

「暮らしにグルーヴを」
これって、まさに生きる指針やん!

社会との関わりの中で
日々の暮らしに変化を取り入れる
さらに刻んだ暮らしのどこにアクセントを置くか、
どの暮らしを大きく、どの暮らしを小さくするか。

「リズム」を「暮らし」に置き換え
グルーヴを生み出す構成要素を並べてみると
グルーヴを生み出す「暮らしの姿」が見えてきた。

よしっ、今年のテーマは「グルーヴ」に決定!

皆さん、今年も宜しくお願い致します。

Let's Groove!

2010年10月15日 (金)

宇宙に行ってきました

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昨日、前々から気になっていたハッブル宇宙望遠鏡3Dを
天保山のIMAXシアターに見に行ってきた。

とにかく圧倒的な迫力
宇宙に行くか、それともハッブル3Dを見るか
そんなキャッチフレーズも納得できるほど・・・
宇宙に行った気にさせてくれる。

世の中は3D、3Dと騒いでいるが
このとてつもない大きなスクリーンで見てこその3D
これが本当の3Dだ!

ハッブルは宇宙望遠鏡の名のとおり
宇宙空間に浮かんでいる天体望遠鏡だ
長年の使用で痛んだ箇所を宇宙飛行士たちが修理に向かうという
ところから話が始まる。

とにかくスケールがでかい
何百億光年なんて先の星が見えてしまうし、
宇宙そのものが大きすぎて、日常の感覚では理解ができない。

言葉にしてしまうとおざなりな表現だが
いかに自分なんてちっぽけな存在かを思い知らせてくれるし
リスクだなんだ言って、自分の行動を制約していることが
ほんとバカバカしいことに思えてくる

それだけでも、見に行く価値はあるんだなあ・・・。


残念なことに、年内でサントリーミュージアムの休館が決まって
いるらしい。とりあえず、サントリーが手を引いて、
その後はどうなるか・・・ということらしいのだが、
本格的なIMAX3Dが見れるのは、日本でもここだけ。

芸術や文化というものは、たんなるブームなんかじゃない。
気概のある企業の出現を望みたいモノだ。

http://www.suntory.co.jp/culture/smt/theater/movie1.html

2010年10月12日 (火)

海へ

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何とか海に行きたくて
3連休の最初の2日で猛烈に仕事を片付けた

朝起きると、何だかぱっとしない天気だったが
海に着く頃には快晴に

やっぱり、神様っているんだ

ぷかぷかと波間に漂い
次から次へと現れるうねりだけを見つめる

タイミングが合えば、こぎ出し
するすると波をすべる

ただこれだけを延々と繰り返す

たまに魚がはね、カモメが挨拶に来る

こんなピースフルな時間は他にはないと改めて思った。

何かのために
一生懸命時間を作り
ただひたすらに没頭する


アタマも
ココロも
カラダも
すっきりしました

また今日からがんばれそうです。

2010年10月 8日 (金)

どうしようかなあ

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たばこが値上がりして、はや1週間。
とくに買いだめしていたわけではない私は
仕方なく、ちょこちょこタバコを買っている。

この2週間ほど
風邪気味が続き、喉もイガイガしっぱなしなのだが
知らないうちにタバコを咥えている。

止めたいなあとも思うし
まあ、そう事を荒立てなくてもとも思うし

はてさて、どうしたものか
医者にでもかかってみるのも手か・・・

彼らにもぜひ聞いてみたいモノだ(笑)

2010年8月30日 (月)

曲を作る!?

昨日、家に一冊の詩集が届いた。

茨木のり子「自分の感受性くらい」

何やら、妻が気に入って取り寄せたらしいのだが、
手にとって、めくっていると、あるページで動けなくなった。

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」

心の内を見透かされたようなその言葉。
平手で殴られたような気分だった。

普段は、そんなこと考えもしないのだが
ふと、曲をつけて歌ってみたい、そんな衝動に駆られた。

実際、ギターを手に取り
ポロンポロンと弾いてみるのだが
詩を追いかけるのが精一杯で
何だか手垢の付いた古くさいメロディしか浮かんでこない。

ええい、こうなったら
自分の好きな曲のメロディをもらってきて
コラボレーションしてみてはどうかと
いろんな曲のメロディに乗せてみる。

何曲か合わせている内に
しっくりとくるメロディが見つかった。

Dion「Sunshine lady」
これもまたもう廃盤になってしまった
古き良きアメリカの歌なのだが
その組み合わせが妙に合う。
すこし堅めの尖った言葉がメロディのおかげで
柔らかく軽やかになる

もちろん、曲のための詩ではないので
字余りになる部分もあり、
しっくりと来ないところもあったが
何回も歌っているうちに、不思議と馴染み始めた。

結局、詩もメロディも、自分のものではないけれど
このコラボは、私にとって新しい発見になった。

もう少し、こなれてきたら、ライブで歌ってみたいな。
たいくつな日曜日が、とても有意義な一日になりました。

茨木のり子さん、ありがとう。

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自分の感受性くらい 〜茨木のり子〜


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに残る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

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2010年8月19日 (木)

再会

Tegami

六星占術によると、
今年は「再会」という年に当たるらしい。

取り立てて占いに興味があるというわけではないのだが、
「再会」という言葉に心惹かれるものがあり、
いったい何に再会するのだろうと気になっていた。

先日、事務所の本棚を整理していると埃まみれの靴箱を発見。
そして、自分自身思いもしなかったものに再会することになった。


箱を開けて見ると、
北海道酪農時代に知りあった女性からの手紙や
インド・ネパール放浪時代の写真、
更には高校時代の修学旅行の写真なんてものまで出てきた。

その一つ一つを懐かしく見ていると
だんだん脳の奥のほうの回路にアクセスし始めたのか
もうすっかり忘れていた、いろんな思いが顔を出し始めた。

箱の奥に擦り切れてちぎれそうな一通のエアメールを発見。
それは25年も前にインドから届いた友人の手紙だった。

「僕たちは、何のために生まれてきたのか
今、目の前にある事を着色せず、ありのままに受け入れたい。」

そのなぐり書きのような文字は、
何かを伝えたかったというよりも
湧き出る思いを止められないという感じだった。

当時の私は、かなり遅れてきた大学生で、
同級生たちはみんな年下、すでに卒業して企業に就職という
既存のレールから脱線しかけており、
そのせいもあってか、手紙の向うで何が起こっているのか
とても興味深く読んでいたことを思い出す。

結局、その手紙が引き金になって、
私もインド・ネパール放浪の旅に出ることになったのだが
今になって旅の写真をめくってみると
いかにも青臭く、不安げで、傲慢そうな表情が見えてきた。

自分の人生どうしたらいいのか持て余しているくせに
何か自分だけの新しい世界を構築したい。
そんな得もしれぬ自信と押し潰されそうな不安が
入り混じった、そんな気分だったんだろうなきっと。


そのとき、はたと気がついた。
あのときの自分と今の自分、驚くほど似ている。

人生も折り返しを過ぎ、
暮らしの中で自分の気持ちに正直に向かい合い、
生計を守りながらも、すこし社会に貢献できることはないか。

人と人との繋がりの中で、
自分だからこそ、できることに労を惜しまず、
齢を重ねても、やるべきことがある
そんな人生を歩めないか・・・。


その葛藤する姿は、昔の自分と完全にダブっている。
再会・・・あっ、これが再会だ。

あの頃の自分にこのタイミングで再会することは
きっと大きな意味があるんだろうな。

新しい私はこれから、何を見せてくれるのだろうか。
しっかりと向き合っていきたいと思った。

2010年8月17日 (火)

サプライズ

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お盆明け、久しぶりに事務所に来て驚いた。

パンクした自転車を事務所に置きっぱなしだったので
心配で見に行くと、何だか様子がおかしい。

よく見ると、ツタが見事に絡まっており
まるで誰かが飾り付けしたようになっている。

あまりにも素晴らしいので
このまましばらく様子を見ることにした。

この先、どこまで飾り付けてくれるのか
事務所に来る楽しみがひとつ増えた。

2010年6月28日 (月)

ん・・・・!?

もうずいぶん昔のことだけど
草野球チームに所属していたことがあって
おじさんたちが集まるリーグ戦などでは
人手が足りず、審判をさせられることがしばしばあった。

もちろん、経験もなく
ルールに精通していたわけでもないので
おっかなビックリ、腰の引けた審判だったのだが
試合が始まると
そんな言い訳なんて通用するわけもなく
老練なチーム監督から、非難の嵐を浴びるといった
ことも少なくなかった。

人間のやることだから
もちろんミスもあるし、本当のことは
誰にも分からないといった際どいプレーも有るわけで
審判の心情を察する部分もあり
まさに勝負は時の運ということにもなる。


しかし、しかしである。

このワールドカップ、
決勝トーナメントに入ってからのミスジャッジは
目を覆いたくなるモノがある。

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イングランドの完全なゴールは、得点とはならず
アルゼンチンのオフサイドゴールは、得点として認められた。

結局、どちらも大差で決着が付いたため
あの1点が認められようと、取り消されようと
関係無かったように思えるが

その場面場面で、影響がなかったかと言われると
「あったに決まってる」と声を大にして言いたい。
刻々と過ぎゆく時間の中で、その時間時間で戦略を立て
戦い方を変えていくのがサッカー。

点差が離れるから、守備が手薄になっても攻撃的に上がっていき
その裏を取られて、カウンターで追加点を奪われる。

最終的に大差が付いたからと言って、
ミスジャッジが許されるべきモノではない。


そもそもサッカーの審判は、
みんな弁護士や医者など、公正な本業を持っており
賄賂などの裏取引に左右されることなく
どのチームにも公平に笛を吹くというものなのだが

今回のこの惨状は、年に1回あるかどうかという
ミスジャッジにも係わらず、2日連続で起きるなんて
実は何か違う力が働いているんじゃないのかと
思わず勘ぐりたくなってしまう。

明日には、
いよいよ日本代表の未知への挑戦が始まる
日本代表だけは、こんな騒ぎに
巻き込まれないことを祈るばかりである。

2010年3月11日 (木)

SATOYAMA

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里山をテーマにムービーをつくりました。

撮影したのは、昨年の夏。
その日は、あいにくの雨だったんですが、
それが独特の雰囲気を醸し出しています。

里山とは、自然の山ではなく
人が手入れし、共存する山。
だから何処となく穏やかな印象がするのでしょうか。

自分で作っておいてなんですが、かなり和みます。

里山の風景は、
カラダになじむよう日本人のDNAに
組み込まれているんでしょうね、きっと。

ご覧になった感想など
聞かせていただけると 幸いです。

映像はコチラから